不思議の国のアリスと鏡の国のアリスのミステリ的考察

先日ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を再読する機会がありました。『アリス』を読んでいると、特に『鏡の国のアリス』にミステリ的なコンテクストに通底するものがあると感じましたので、それを書き留めておきたいと思います。

Alice's Adventures in Wonderland and Through the Looking Glass (Illustrated Classics)

Alice's Adventures in Wonderland and Through the Looking Glass (Illustrated Classics)

まず『不思議の国のアリス』は初版が1865年です。最初の現代ミステリと言われるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』は1841年ですので、ミステリが出来てから四半世紀後に書かれた作品ということになります。ちなみにこの時期にはウィルキー・コリンズの『白衣の女』(1860)や『月長石』(1868)などがあります。
もちろん『アリス』シリーズはミステリではなく児童文学でありファンタジー小説ですが、全編に渡って言葉遊びが詰め込まれています。言葉遊びというのは韻を踏むという要請からのことですが、しかしミステリにおける暗号の謎のような雰囲気があります。
特に『鏡の国のアリス』における折り句はミステリの暗号の常套手段ではないでしょうか。

A boat, beneath a sunny sky
Lingering onward dreamily
In an evening of July -

Children three that nestle near,
Eager eye and willing ear,
Pleased a simple tale to hear -

Long has paled that sunny sky:
Echoes fade and memories die:
Autumn frosts have slain July.

Still she haunts me, phantomwise,
Alice moving under skies
Never seen by walking eyes.

Children yet, the tale to hear,
Eager eye and willing ear,
Lovingly shall nestle near.

In a Wonderland they lie,
Dreaming as the days go by,
Dreaming as the summers die:

Ever drifting down the Stream -
Lingering in the golden gleam -
Life, what is it but a dream?

これの各行の頭文字を読んで行くとAlice Pleasance Liddellとなります。アリス・プレザンス・リドルとは『アリス』シリーズのモデルとなった女性です。
ルイス・キャロルは幼い頃のアリス・リドルに(月並みな言葉ですが)恋をしていたとされており、この折句もアリスが大人になっていく悲しさと可愛かった頃のアリスに対する恋慕の情から組み込んだのでしょう。

また『鏡の国のアリス』では脈絡なく最初にチェスボードの図が挿入されています。これは作中でのアリスの移動とチェスの盤面が相関しているという仕掛けになっています。
(原作では図の下にチェスの棋譜が書いてありますが)作中でチェスの動きについて一切解説されませんし、角川文庫などの書籍で読むと最後の解説でチェスの意味とその動きが説明されています。これを最初に読んだときはミステリにおける謎解きの瞬間のカタルシスに似たようなものを感じたものです。
一瞬無関係そうなものが実は繋がっていたというミッシングリンク的仕掛けで、さらにチェスの絵1枚と200ページに渡る小説がリンクしているという落差の大きさは最近のミステリにもない強烈な落差です。

最後に『鏡の国のアリス』で白のクイーンと赤のクイーンが白猫と黒猫に変化することで夢から覚めます。これをもって謎が解けたからミステリだという気はさらさらないですが、その開示の仕方が一行に集約されていてかなりインパクトがあります。ハッと夢から覚めたという効果をもたらすものでしょうが、夢から覚めるというのは、支離滅裂なように見えた不可思議な謎を名探偵が、ロジックで現実性を与える謎解きと本質的な部分では同じものだと思っています。
その開示が短ければ短いほどサプライズが大きく、例えば綾辻行人の『十角館の殺人』では謎解きの一行を次ページ開いたところに置いていますし、米澤穂信の『儚い羊たちの祝宴』はラスト1行の謎解きにこだわった短編集です。『鏡の国のアリス』の結末にはミステリ的なスピリットを感じずにはいられません。

そもそも『アリス』シリーズはミステリと非常に親和性が高く、多数のミステリ小説が『アリス』をモチーフにしています。最近の本でいくつか例を出せば
小林泰三『アリス殺し』
北山猛邦『アリス・ミラー城殺人事件』
加納朋子『虹の国のアリス』
北村薫『野球の国のアリス』
また中井英夫の『虚無への供物』などにも『不思議の国のアリス』に触れるシーンがあったり、有栖川有栖というアリスをペンネームの由来にしている作家さんがいたり、果ては『アリス』をモチーフにしたアンソロジーまで発売されています。
アリス殺人事件: 不思議の国のアリス ミステリーアンソロジー (河出文庫)
見立て殺人などに使われることが多いですが、遊び心満載の『アリス』は、同じく遊戯としての小説であるミステリと小説に対する態度が深いところは同じなのかもしれません。

少し牽強付会な感じもするのですが、折角再読したのでこのブログで何か言いたいなと思い書きました。まあフロイトのような男性器の象徴がどうとかまでは行っていないと思うので許してください。
ちなみに、どうでもいいですが再読した理由というのは私が遊んでいる『ららマジ』というアプリゲームのテーマが『アリス』だったからです。