ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』感想

ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』(原題:Dirk Gently‘s Holistic Detective Agency)読み終わった。

Netflixでドラマ化もされているこの本を一言で言えば、混沌としたコメディSFミステリである。ダグラス・アダムスモンティ・パイソンの脚本に関わっていたことから分かるようにコメディSFの名手で、本作もクスッとするような文章が小説中に敷き詰められている。

ミステリとしては謎もなんとも奇妙である。主人公の上司が殺され、これが中心の謎になるのかと思いきや、家の二階に馬が出現するという謎やソファが階段に引っかかって移動できない謎、更には正体不明の電動修道士とやらが出てきたり、幽霊までが出現してくる。それをダーク・ジェントリーが『全体論』に解決していくのだが、全体論的とは、文章を引用すると以下のようなことを示しているらしい。

万物は根本的に相互に関連しあってる。(中略)明らかに不可能なふたつの事件と、すごく奇妙な事件が立て続けに同一人物の身に降りかかってきたとすれば、そしてその人物がだしぬけに、すごく奇妙な殺人事件の容疑者になったとすれば、その問題を解く鍵は、こういうすべての事件の関連性の上に見いだされるはずだとおれは思うんだ。

突拍子もないことを言っているように思うが、本格ミステリの特にミッシングリンクものは、この信条を地で行っているだろう。事件のリンクが離れていればいるほど面白いミステリになる。その点で言えば、『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』は究極と言ってもいい。
なにせ全く共通点がなさそうに思えるし、個々の謎も意味不明だからだ。残り50ページを切るまで全く何がどうなるのか想像がつかない。しかし最後は怒涛の展開で綺麗に?解決する。日本の本格ミステリのような端正さはカケラもないが、その無理矢理さに笑ってしまうし、馬鹿げていると思っていたら伏線の意外な巧みさに驚かされる。

小説の本質とは、そんなに関係がないが以下の文章に感銘を受けた。

空中を飛ぶボールは、投げられたときの力や方向、重力の作用、空気抵抗、その表面に発生する空気の渦、ボールのスピンする速さや方向に応じて飛んでいく。にもかかわらず、意識的に計算しようとすると3×4×5の答えすらなかなか出せない人が、微分計算などの関連する大量の計算を何の苦もなく、それも驚くべき速さでやってのけ、飛んできたボールを正確にキャッチすることができるのだ。(中略)人は、自然の複雑さを理解し認識しているのだ。その認識を表現する手段があるとすれば、それに最も近いのは音楽だと思う。

前半部は私も不思議に思っていたし、後半部でそれを音楽と結びつけた発想は面白い。確かに京都大学の研究ではチンパンジーのような言語を持たない動物もリズムに反応するという結果が出ている。音楽というのは実に原初的なものなのだ。

このブログを読んで下さっている方にそんな方がいるかどうかは不明だが、ミステリが好きではない人にもおすすめだ。特に以下のような小噺が好きな方はぜひ読んで欲しい。

道路掃除夫としてはですよ。道路には恐ろしくゴミが落ちていましたから。あれで一生食べていってもまだお釣りがくるほどでしたよ。だけど馘首になったんです。そのゴミを、別の掃除夫の担当区域に掃き出してたもんですから。



訳者の安原和美さんの日本語訳も読みやすいし、コールリッジの詩の解説がまえがきに付記されているので、本作の面白味をしっかりと味わうことができる。

ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所 (河出文庫)

ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所 (河出文庫)

ケンブリッジ周辺で次々と発生する奇怪な事件に巻き込まれたリチャードは、旧友の私立探偵ダーク・ジェントリーに助けを求める。「あらゆる謎を万物の関連性から解きほぐす」と豪語するうさんくさすぎる探偵が調査に向かった先は!?『銀河ヒッチハイク・ガイド』のダグラス・アダムスが生んだ傑作、抱腹絶倒の奇想ミステリー。