米澤穂信『真実の10メートル手前』感想 - 大人になった太刀洗万智の活動記録

米澤穂信『真実の10メートル手前』読み終わった。本作は『さよなら妖精』の登場人物である太刀洗万智が大人になり、ジャーナリストとなった彼女が主人公で探偵役の本格ミステリ短編集です。

さよなら妖精』はユーゴスラヴィアからやってきた少女のマーヤと日本の高校生の日常の謎形式の青春ミステリーですが、ユーゴスラヴィアという日本人にとっての非日常との対比と、青春時代の無謀な万能感とそれを打ち砕く無情な現実が印象的な小説でした。

今作の『真実の10メートル手前』では日常の謎ではなく殺人事件を取り扱っています。作品の特徴を一言で言えば、ちょっとブラックな翳のある結末でしょうか。米澤穂信さんは『氷菓』などに代表されるような青春ミステリーの書き手ですが、それ以外にもブラックな結末が印象的な作家さんだと思っています。例えば過去作では『儚い羊たちの祝宴』などが当てはまるでしょう。

その薄暗さが本作では強く発揮されていると感じます。それは主人公兼探偵役がジャーナリストという他人の秘密を暴き立てるような職業についているからでしょう。大抵の場合、秘密は陰鬱なものになりがちです。

またミステリーだけでなくジャーナリストの仕事小説としても示唆に富んだ小説になっていると思います。屈指のストーリーテラー米澤穂信さんらしい小説でした。

ではネタバレありつつの個々の短編ごとの感想を。

真実の10メートル手前
表題作。ミステリーとしては逃亡した早坂真理が何県に逃亡したかということだが、これは分かりやすい。次は早坂真理を介抱したのは誰かということだが、犯人は分かりやすいが、伏線がこんなにもしっかり張ってあってのかと驚いた。読後感の悪い結末も印象に残る。

正義感
これは短い短編なので本格っぽさはないが、意外な犯人が面白い。

恋累心中
自殺した高校生2人と議員に爆弾が送られたテロとの意外な繋がりが面白い短編。ただここで太刀洗万智は黄燐には毒があると知っていて、どんな毒性があるのか知らないのは不自然と言っているが、高校1年生の科学で同素体を学ぶときに黄燐は有毒だということを教えられるし、そのときに毒性は教えられないので別に不自然ではない。(ただ太刀洗万智はテロとのリンクを考えているので、彼女が疑うのはおかしくない。これは読者用の伏線になっている。)これも結末がなんともいたたまれない。

名を刻む死
新聞の投書欄の何気ない箇所がヒントになって「名を刻む死」の意味が解けるのが面白いです。また最後に万智が、死体の発見者の学生を叱咤激励するところが印象深いです。

ナイフを失われた思い出の中に
一種の暗号もののような短編ですが、暗号ものとしてもハイレベルなだけでなく、そこから導かれる意外な結末が素晴らしいです。ミステリーとしては本作の中で一番良い。また太刀洗万智のジャーナリストとしての矜持が感じられる作品です。

綱渡りの成功例
途中まで謎が見えてこなくて、コーンフレークに何を掛けたのか?というそれかいと思うような謎が提示されますが、解決はなんか普通です。というか非常事態に隣の冷蔵庫を使ったくらいで何でそんなに気が咎める必要があるのか分かりません。

高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める…。太刀洗はなにを考えているのか?滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執―己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。