早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』感想 - 探偵は人工知能に取って代わられるか?

早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』読み終わった。

最近流行りのAIをテーマにした本格ミステリ小説です。作者の早坂吝さんは私の大好きなミステリー作家さんで、タイトル当てという前代未聞の本格ミステリ『◯◯◯◯◯◯◯◯殺人事件』でデビュー。その後、援交探偵の上木らいちシリーズなどエロミステリーで著名な作家さんです。

しかしながらエロミステリーと言っても、ただ性的な要素があるミステリーではなくて、性的な要素がしっかりと謎に絡み、それでいて本格ミステリの未来を感じるような斬新な発想を小説に入れ込んでくれる作家だと思っています。私が偏愛しているので、バイアスも含まれているかもしれませんが、小説の面白さは保証します。特に『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』は、私の好きなミステリーの10作には入る傑作だと思っています。

さて、今回の『探偵AI』ではエロ要素を排し、人工知能と探偵との融合に取り組んでいます。最近の目まぐるしいAIの発展で、ミステリー好きなら一度は、将来的には探偵がAIに取って代わられるのではないか?と想像したこともあるのではないでしょうか?本作では、探偵がAIとなったときに出現する問題を論じながら、探偵AIの相以の成長物語と魅力的な謎とその解決が楽しめる小説になっています。

さらに探偵をAIに置き換えるだけでなく、ディープラーニングですから、犯人もAIに置き換えるという趣向がなされています。そして犯人AIの以相に協力するオクタコアの面々が個性的で、二つ名も付いており、西尾維新の世界観を彷彿とさせ、厨二心を擽ります。

それでは各短編の感想を。


第一話 フレーム問題 AIさんは考えすぎる
フレーム問題とは「有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないこと(Wikipediaより)」です。これを『探偵AI』では、「偽手がかりの可能性を排除できない」とする後期クイーン問題の第一問題とリンクさせています。ここの発想はとても美しい。そして相以は意外な方法でフレーム問題をクリアするのですが、それは真っ当なようで、実は皮肉的に思えます。


第二話 シンボルグラウディング問題 AIさんはシマウマを理解できない
シンボルグラウディング問題とは「記号システム内のシンボルがどのようにして実世界の意味と結びつけられるかという問題(Wikipediaより)」です。シンボルグラウディング問題を使うことにより、人間の犯罪ではあり得ないような行為を犯人AIのシンボルグラウディング問題を使うことで可能にしている遊び心のある短編です。


第三話 不気味の谷 AIさんは人間に限りなく近づく瞬間、不気味になる
不気味の谷は「ロボットがその外観や動作において、より人間らしく作られるようになるにつれ、より好感的、共感的になっていくが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わる(Wikipediaより)」ことで、本作では、AIの推理が人間に近付くにつれて、逆に人間らしくない動機を思い付いてしまうと定義を敷衍しています。ただ、ここの人間らしくない動機というのは、本格ミステリでは許容されうる動機だったりして、本格ミステリでは「人間が書けていない」などとよく批判されることがあるが、それを思い出しました。ただ人間は整合性の取れない不気味なことも考えてしまう存在なので、なにが人間らしいかという定義は難しく、人間が書けていないと断罪する方が人間を理解できていないとは常々思っています。それは本作には特に関係がないが。


第四話 不気味の谷2 AIさん、谷を越える
相以と主人公の輔とのリアル・ディープラーニングの成果が出て、相以は徐々に人間を理解していきます。ほろ苦いながらも、深い愛を感じられる謎の解決が印象的な短編。


第五話 中国語の部屋 AIさんは本当に人の心を理解しているのか
中国語の部屋は哲学者のジョン・サールの思考実験で、中国語を理解できない人を小部屋に閉じ込めて、受け答えが載った辞書に従って、出される質問に回答していったとき、中国語を理解をしていなくても回答ができるという点で、チューリングテスト*1に合格しても強いAIだと認められないというものです。本短編ではエラリー・クイーンの『チャイナ橙の謎』のような部屋で、チューリングテストを行うという短編になっています。もちろんただのテストで終わるわけはなく、ミステリーらしい大胆などんでん返しが待ち受けています。


AIというガジェットを高いレベルで融合させた傑作短編集になっていると思います。最後は不穏な気配を感じさせる終わり方になっており、続編が楽しみです。次は「停止性問題」とかですかね?

探偵AIのリアル・ディープラーニング (新潮文庫nex)

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人工知能の研究者だった父が、密室で謎の死を遂げた。「探偵」と「犯人」、双子のAIを遺して―。高校生の息子・輔は、探偵のAI・相以とともに父を殺した真犯人を追う過程で、犯人のAI・以相を奪い悪用するテロリスト集団「オクタコア」の陰謀を知る。次々と襲いかかる難事件、母の死の真相、そして以相の真の目的とは!?大胆な奇想と緻密なロジックが発火する新感覚・推理バトル。

*1:AIまたは人間が試験官と会話をして、試験官がAIか人間が当てられなければ強いAIと認めるテスト