新潮文庫NEX『鍵のかかった部屋 五つの密室』感想 - 糸のトリックを集めたアンソロジー

新潮文庫NEX鍵のかかった部屋 五つの密室』読み終わった。

窓のドアの内側には中から鍵を開け閉めするためのつまみがついている(「クレセント錠」とか「サムターン」と言います)。そのつまみに紐を巻きつけて、もう一方の端を延ばして窓の周囲の換気扇とか、ドアの隙間から外に出す。それを外から引っぱれば、外からつまみが回せる。強く引っぱると紐が取れるようにしておけば、紐がとれた後には「鍵のかかった部屋」=密室が残される。

上記のトリックを使うという制約の下で、5人の作家が短編を書きそれをアンソロジーにした小説である。貴志祐介の同名の有名小説『鍵のかかった部屋』との関係はない。参加した作家は似鳥鶏、友井羊、彩瀬まる、芦沢央、島田荘司。最初と最後、特に最後に目を見張るほどの重鎮の名前があるが、元々は最初の4人が参加して、文庫化するときに島田荘司をボーナストラックとして入れ込んだという。

なかなかに挑戦的なアンソロジーだとは思うのだが、それが巧く作用したかと言われるとそうでもない。まずトリックが限られているということは、ミステリーのコアとなる謎解きがしょぼくなってしまうのは避けられない。そのため結局トリックの部分ではなく、そのトリックを添え物にしてストーリーの部分で読ませる小説にしかできなかったのだろう。友井羊と彩瀬まるはミステリーではなく、青春小説だったり家族小説だったり他の部分で勝負している。

似鳥鶏はミステリーらしい短編に仕上げている。過酷な制約条件に真っ向から挑む姿勢は尊敬できる。芹沢央は、出来の悪いテレビのサスペンスのような印象で、やっぱりこのトリックを普通に使うのは難しかったか、という印象だ。問題は島田荘司で、他の小説の焼き直しであり、さらに糸のトリックを使っていない。どこで出てくるのかと思ったら全く出てこなくて逆に一番驚かされた。壮大な叙述トリックかと思ってしまった。小説のページ稼ぎと島田荘司という名前を利用するために編集部が追加したのだろうが、ちょっと不誠実すぎるだろう。誰か(私なら梓崎優さんに頼みたいが)に書き下ろしてもらうべきだったと思う。

あらすじの後に各短編の感想をネタバレありで。

鍵のかかった部屋 5つの密室 (新潮文庫nex)

鍵のかかった部屋 5つの密室 (新潮文庫nex)

これが、トリックです。本来ネタバレ厳禁の作中トリックを先に公開してミステリを書くという難題に、超豪華作家陣が挑戦!鍵と糸―同じトリックから誕生したのは、びっくりするほど多彩多様な作品たち。日常の謎あり、驚愕のどんでん返しあり、あたたかな感涙あり、胸を締め付ける切なさあり…。5人の犯人が鍵をかけて隠した5つの“秘密”を解き明かす、競作アンソロジー

似鳥鶏 このトリックの問題点
推理合戦から犯人の瑕疵を見つけ出して、意外な犯人を炙り出すというしっかりとしたミステリー。だけど、密室に入る方の話をしていたはずが、作る話にすり替わっている。まず誰が密室に入れたかを考えるべきで、そうなるとピッキングができる「俺」と合鍵を持っている麦ちゃんに限られるから、地蔵堂先輩に罪をなすりつけることができないので「俺」の行動は合理性に欠ける。

また主犯の麦ちゃんを指摘するところも自白に頼っており推理がない。この状況だと「俺」が主犯で麦ちゃんが共犯という可能性も考えられる。

麦ちゃんは、会長がしばしば鍵をかけ忘れているのであれば、自分だけに容疑が向くことを避けるために鍵をかけずに部屋から出て行くはずで、鍵の開いた部屋に「俺」が侵入したことにすればいい*1。その場合は、密室ができると逆説的に麦ちゃんの容疑が薄くなるので罪を被ることができる(ただし提示された情報では「俺」と地蔵堂先輩のどちらが犯人かということを指摘できない)。

友井羊 大叔母のこと
糸のトリックはおまけみたいなもんだけど、家族小説としてはなかなか楽しめた。

彩瀬まる 神秘の魔女
部屋にいきなり盧舎那仏が現れるという冒頭に惹きつけられ、そこからAIとの恋愛に進み、最後はいい感じの青春小説になり、面白い短編だった。キャラクターも魅力的。ただ糸のトリックは示唆されているだけで、話にはあまり関係がない。

芦沢央 薄着の女
流石にこのあからさまなトリックは厳しい。感想で出来の悪いサスペンスと言ったが、実際サスペンスの中の話だったという結末なのでまあいいんだけど…苦肉の策感が滲み出てて作者の苦労が偲ばれる。

島田荘司 世界にただひとりのサンタクロース
大学生の御手洗潔が登場。文章から湧き上がるオーラというものは流石島田荘司を思わせる。社会派な側面もあって、トリックもプロットも面白く単体のミステリーとしてはいいんだけど、糸のトリックが一切出てこないので、何でこのアンソロジーに入れた?としか思えない作品だった。

*1:針と糸は偽装→玄関から出て行ったやつがいる→麦ちゃんなら鍵をかけない→「俺」か地蔵堂先輩が犯人