笠井潔『バイバイ、エンジェル』感想 - ミステリーの皮を被った思想書

笠井潔『バイバイ、エンジェル』読み終わった。

作者の笠井潔は小説家であるが、本格ミステリの著名な評論家でもある。本格探偵小説の大量死理論などが有名であるが、そういう小難しいことは、私にはよく分からない。そして、それと同時に思想家である。過去は学生運動に携わっていたが、連合赤軍に失望して、マルクス主義に依拠しない左派思想を掲げマルクス葬送派に属している。その頃の体験が、この『バイバイ、エンジェル』の小説の中にもこれでもかと詰め込まれている。

本作は、フランスを舞台にして発生した首切り殺人事件と密室爆殺事件を日本人の矢吹駆という名探偵が、現象学的直感を使って事件を解決するというミステリーである。現象学的直感というのは、人は真円でないものを円と認識できるように、本質を直感する能力があり、それを犯罪にも活用して論理を組み立てていくというものである。

こう書いてしまうと超能力系ミステリーかと思うが、そういうわけではなく、しっかりと伏線や論理がある本格ミステリである。ただ謎解き部分には推測が幾分か混じっている。それも現象学的直感といってしまえばそうなのだが、ミステリーに求めるものがロジックだという人(私もその傾向があるが)にはモヤっとしたものが残るかもしれない。

そしてミステリーよりも全面に押し出されているのが作者の思想である。急に始まる哲学談義は、まるで評論のようで、それはそれで興味深いのだけど、ミステリーを侵食するかのようなその濃さと分量に困惑してしまった。特に犯人を追い詰めるところの革命についての丁々発止は、作者の思想をそのままぶつけたような熱量だった。エンターテイメントに収まらないといえば良いように聞こえるが、娯楽小説としてのミステリーを読みたい人は読み飛ばしてしまうのではないだろうか。

私は哲学談義そのものは嫌いじゃないのだが、それ以上に登場人物のキャラクターが全く好きになれなかった。探偵もいけ好かないし、語り手の女性も自信過剰な女性の厭なところがこれでもかと出ていて嫌いだし、他の登場人物も醜く感じた。とても人間らしいかもしれないが、アニメなんかを好んで観るような私には「人間が描けていない」方が受け入れやすい。また小説の文体が知識人特有の鼻に付く感じなのも好きになれなかった。

私に合わなかっただけで、好きな人はとことん好きになれる小説だと思う。実際にミステリ界隈での評価が高い小説であることは事実なのだから。

バイバイ、エンジェル (創元推理文庫)

バイバイ、エンジェル (創元推理文庫)

ヴィクトル・ユゴー街のアパルトマンの広間で、血の池の中央に外出用の服を着け、うつぶせに横たわっていた女の死体は、あるべき場所に首がなかった。こうして幕を開けたラルース家を巡る連続殺人事件。司法警察の警視モガールの娘ナディアは、現象学を駆使する奇妙な日本人矢吹駆とともに事件の謎を追う。ヴァン・ダインを彷彿とさせる重厚な本格推理の傑作、いよいよ登場。